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縁起の良い日を知ることは、自然と一緒に生きること

自然に季節があるように、人間の体にも季節があり、物事にも季節があります。それは、春夏秋冬という名前ではないかもしれませんが、生まれて、育って、実って、枯れる、というサイクルでこの世界は動いています。
縁起の良い日を知ることは、自然と一緒に生きること

自然に季節があるように、人間の体にも季節があり、物事にも季節があります。それは、春夏秋冬という名前ではないかもしれませんが、生まれて、育って、実って、枯れる、というサイクルでこの世界は動いています。

自然に季節があるように、人間の体にも季節があり、物事にも季節があります。それは、春夏秋冬という名前ではないかもしれませんが、生まれて、育って、実って、枯れる、というサイクルでこの世界は動いています。

近代社会では全ての物事が、観察可能な現象として還元されて理解されます。それは人類の文化に物質的な発展をもたらしましたが、決して個人の生活を豊かにしたわけではありません。ですから、不思議なことですが、経済的に豊かな人の多くが、いつも欠乏を感じています。

それは、人間にもともとある、自然とつながることを求める必要が、満たされていないからです。残念ながら、近代社会システムは、人間は自然とは別の存在だという前提で成り立っているので、内在する目に見えない必要は無視されるか、それに気づいたとしても、今となってはどのようにその必要を満たせばいいのか具体的な方法は、普通の人には隠されています。

ヒーローズジャーニーとパターン

自分の外にある偉大さに感激しながら生きることは、人が一生をかけて完成させる大きなプロジェクトだと言えます。ジョゼフ・キャンベルが古代から存在する世界中の神話を研究し、その中に共通するパターンを見つけ、それを「ヒーローズジャーニー」と名づけました。その、ヒーローズジャーニーは、今生きる私たちにとっても、古代の先祖たちと同じように大きな力を持っています。なぜなら、その「旅」は、人が生まれてきた目的を果たして生きるために必要な情報を伝えているからです。

ですから、スターウォーズをはじめ、数多くの近代アート作品が生まれました。それだけ、時代や社会が変わっても、わたしたちが恋焦がれるものは同じだということです。

そのヒーローズジャーニーに見られるパターンは人間が成長するプロセスですが、それをどれだけ勉強しても、実際に自分がそのジャーニーを始めるまでは、人生はずっと同じままです。その間に、季節は過ぎ、常に次の季節が訪れます。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。*

それはまるで走馬灯のように見えます。日本にもことの移ろいを表現した傑作、平家物語があります。これは、世の中で力を持とうとし、また一時その力を得たわたしたちの先祖が、なし得たと思った人生を振り返って見えたことが、現れたと思っても消えていく「花の色」でしかなかった、という表現です。沙羅双樹は人間の覚醒の象徴である釈迦の「死」のシンボルであり、この表現から、わたしたちは、世の中の物事に人生を捧げることの虚しさを学ばなければいけないと思います。

歴史に名を残す将軍や武家の人々は、ある意味で日本の「神話」となり、ヒーローズジャーニーを表してしているとしたら、今のわたしたちは、人生の最後に虚しさを感じないためには、では、どうしたら良いのか?

自然と一緒に生きること

世界の武将や王族は、人間が作った社会システムの最上レベルに登りつめた存在で、そこには更なる悲劇があるだけです。人が自然から遠くに離れて自力で登る山には、人が生きる価値はありません。

が、それは、今生きているわたしたちが世捨て人になるということでしょうか?わたしは、それもまた反応行動として、結局は人を蹴落として富を占有するグループの対極で、物質世界の「欲」を支える役目を負うことになるのだと思います。

というのは、人間の作った価値観を基盤にして生きても、結果は同じだと思うからです。物質世界での表現は違っても、目に見えない世界に繊細でなければ、わたしたちは行き先を間違えてしまいます。

縁起担ぎと占い

さて

すでにどっぷりと近代社会に浸かって古漬けになってしまうと

占いは当たらない

縁起をかつぐのはバカバカしい

と思うようになります。

わたしには、それは本来人間に備わっている「自然を恐れる」本能の反応を、文化的に飾りつけた出鱈目だと思います。自分が知らないから存在しない、と考えることと同じで、わからないことには関わり合いたくないということでしょう。

また、縁起を「担ぐ」というのは、自然のサイクルを避けたいという表れでもあります。それは、起きてもいないことを信じるという意味ですが、夏の最中であっても半年たてば冬の寒さがやってくることを、四季のある国に住んでいれば成長過程で体験します。冬が来ない年がないことを知っているので、それを信じないことで避けようとは誰もしません。

縁起の良い日は天が教えてくれる

ホロスコープロゴスの「縁起が良い日」は、西洋占星術の技法で毎月鑑定します。

どの文明にも自然のサイクルを読み、「良い日」を鑑定する学問や技法があります。その中でわたしが西洋占星術を使うのは、自分の世俗の教育背景に合うことが理由です。

わたしはアメリカの大学で健康科学の学士を取ったあと、ホリスティックヘルスとライフコーチングのトレーニングを受けました。会社には勤めずに自営業者として、主に慢性疾患のある方に健康教育をしていました。

その過程で、西洋の学問や哲学の深さに惹かれながら、決定的に欠落している何かがあることが気になっていました。マインド・アンド・ボディのホリスティックヘルスであっても、欠落していることとは、目み見えない何か(エネルギー、力、知恵、神などと呼ばれてきた何か)に対しての理解した。わたしたちが生きているこの世界が自然に完全な調和をとっているのに、目に見えない世界にあるはずの高度な「構成」について、世俗の学問は全くお手上げ状態なのです。

それは冒頭で触れた、近代の世俗社会が成り立つ前提に、見えない力は含まれていないからです。

それがわかったあと、レイキ、エネルギーヒーリング、ヨガ、チベット仏教、スフィ、12ステッププログラム、アーキタイプ、ペイガニズム、グノーシス主義、などを学んだり調べたりしました。その結果、西洋占星術は必要だと判断したからです。

それは、西洋占星術が完璧だから判断したのではなく、人間の限られた知力で無限の力が起こす現象を、必要に沿って理解することができる技法で、過去、少なくとも400年の歴史に確認できる事例が豊富で、現在は英語圏を中心に実践者と研究者が多く、少数の傑出したリーダーが情報を操作することはできないからです。

まだわたしのヒーローズジャーニーは終わっていませんが、その過程で常に突き当たる分岐点では、必ず占星術のチャートを立てて鑑定しながら進んでいます。それは、普通の生活で「縁起が良い」と聞いて受ける印象とは全く違う、自然との深い対話をもたらしてくれます。そこで初めて、そのほかの宗教、哲学や儀式や秘儀など、自分が心に持っている信仰に従って、人生を実践することができます。

今までは、それまでの学問と人生経験を踏まえて、自分1人で物事を判断し決断しなければなりませんでした。今は目に見えない存在に相談することができます。そこには、自分の意思とは関係なく、この素晴らしい命を与えられた不思議さと同じくらいの当たり前さを感じます。冬の最中に春を見ることはできませんが、地中で育つ球根が花を咲かせることがわかるように。

* 読み方解説参考サイト https://manapedia.jp/text/2321